凍る心臓 溶けだす恋情

 ファンが買い出しに行っている間 俺は一人でアルコールの管理をしていた
 ジャグジーや他の仲間達はどこかに出掛けてしまっていて このジェノアードの別宅には今俺一人しかいなかった
 普段の騒がしさとは打って変わってしんと静まり返った屋敷の中で 一人色々なことを考える
 コミュニティーを追い出された俺を快く仲間に引き入れてくれたジャグジーやニース 他の仲間達
 そんな皆に 俺とファンのツテでこうして安心できる住家を提供することが出来た
 ……まぁ 俺達のツテだけじゃなく イブお嬢さんの心の広さのお陰っていうのが実は大半なんだが
 それでも まぁ ちょっとは俺達の功績にしてくれたっていいだろう
 そう考えれば あの列車での事件だって 結果オーライと思えるものだし
 そこまで考えて 一人苦笑する
 もうあの事件のことを冗談のように考えれるようになっていたのかと
 アルコールを整理する手を休め 椅子に腰掛け あの列車で働いていた頃を懐かしむように宙を見上げる
 「……色々 あったなぁ」
 ジャグジーとジャックが大怪我を負いはしたが 結果的に全員死ぬことも警察に捕まることもなく列車を降りることが出来た
 あれだけの騒動が起こっていてこれはかなり幸運なことだろう
 現に黒服と白服の連中はかなりの人数が死に 残りも殆どが警察に捕まっていたのだから
 乗客に殆ど被害がないのが奇跡とはいえ 多少ならばやはり犠牲はあったのだろう
 そうして ふと犠牲になった車掌のことを思い出す
 あの若い車掌は真っ先に死んでしまったのだろう
 どういう死に様だったのかなど それを見たジャグジー達はその時のことをあまり多くは語らない
 ただ とても凄惨なものだったと云っていた
 まるで怪物にでも喰われたかのような死体だったと
 それがどういうものなのかなんて まるで想像出来ない
 だが あの若くて快活で人の良さそうな車掌がそんな死に方をしなければならなかった理由などないと それだけはわかる
 ”線路の影をなぞるもの(レイルトレーサー)”
 あの怪物の名を名乗った男に 彼は殺されてしまったのだろうか
 それとも黒服か白服か
 どちらにせよ 彼の話していた怪物は本当に来てしまったのだ
 そして彼を巻き込んで 列車の災厄を全て飲み込んで喰らい尽くして行ってしまった
 まぁ 今もシャーネの婚約者として俺達の側にいるのだけれど
 ふと そこまで考えて若い車掌の顔を思い出そうとする
 でも何故か思い出せない
 まぁ ほんの少し仕事を一緒にしただけなのだから当たり前といえば当たり前だ
 しかし 客商売をしていただけあって人の顔を覚えるのは得意だった
 それが仕事仲間ならば尚更というものである
 なのに何故か出てこない
 いや 正確には出てきそうにはなるのだ
 しかし何故かそこに別の人物の顔がダブって思い浮かびそうになる
 一体どうして――
 そう思い ダブる人物の方を思い浮かべてみれば それはあろうことかシャーネの婚約者でありレイルトレーサーであるフェリックスの旦那の顔だった
 「まさか……あの車掌が フェリックスの旦那なのか?」
 「よくわかったな」
 誰もいない屋敷の中から急に声がして 俺はその声のした方を思い切り振り返る
 そこにはさっきまで思い浮かべていたフェリックスの旦那の顔があった
 思ったよりも近い位置にある顔に少したじろぐが 平静を努めてその顔を観察する
 この際 いつの間に屋敷に入ってきたのかなどどうでもいい
 ただ記憶の中から引き出したあの車掌の顔と目の前の顔とを比べる
 同じだ
 まるで同じだった
 どうして今まで気が付かなかったのかわからなくなるほどに同じだった
 気が付かなかった いや違う 気が付けなかったのだ
 異質過ぎるその雰囲気故顔をまじまじと見ようとは思えず またあまりにも車掌のときとは身に纏う空気が違いすぎた為に気づけなかったのだ
 記憶の中にいる一時の仕事仲間と 仲間の婚約者とが同一人物であることに
 そうして知ってしまったとんでもない事実に愕然としながらその顔を見続けていると フェリックスの旦那が顎に手を当て面白そうに口を歪める
 「よく気付いたな まぁ今まで気付かなかった方がおかしいとは思うんだが 今になってよく気付けたな」
 「……」
 かつての仕事仲間だったときの面影などまるで残っていない表情 仕草 言動
 それらに眩暈を覚えながら俺は何かを問い掛けようと口を開き でも何を問い掛けたいのかわからなくて口を閉じた
 「どうした?何か聞きたいことでもあるのか?遠慮せずに聞けばいいんだぞ なんせお前はシャーネの仲間でもあるしかつての仕事仲間でもあるんだからな」
 そんな俺に大仰な仕草でそう云ってくる旦那に少しだけ冷汗をかきながら 俺はまた口を開いた
 「……あの車掌はもう 死んじまったんですね レイルトレーサーに喰われちまったんですね」
 なんだか馬鹿なことを聞いているなという自覚はあった
 でも何故だか云わなくてはならないような気がして 聞かなくてはならないような気がして 尋ねずにはいられなかった
 俺の言葉にフェリックスの旦那は少し目を丸くした後 ふむと少し考えるような顔をして口を開く
 「なんだお前 車掌の”俺”が好きだったのか?」
 そうして云われた言葉に今度はこっちが目を丸くする
 どうしてそういうことになるんだ そう云いたかった 呆れたように そう云ってしまいたかった
 でも声は出て来なかった 代わりに何故だか胸が痛くなった
 なんだかまずいことに気付いてしまいそうな自分を振り払うように 必死に声を出そうとする
 『違いますよ』『どうしてそうなるんですか』
 でも喉は息の吐き方を忘れてしまったかのように 声の出し方を忘れてしまったかのように 何も吐き出すことはなくただぱくぱくと口を開閉させることしか出来なかった
 なんとも間抜けな光景だろう
 自嘲したかったが顔の筋肉が引き攣りそれすら出来はしなかった
 「なるほど……どうやら図星らしいな」
 旦那の言葉にゆるゆると小さく首を横に振る
 そんなことはない だいたいにしてどうして自分があの車掌に好意など持たなくてはならないのか
 ほんの少し 一緒に仕事をしただけの新人車掌になんで自分が!
 まず落ち着こうと大きく息を吸い 吐き出す
 「違いますよ どうしてそうなるんですか」
 そうして口を開けば 今度は簡単に声が出た
 こんなに簡単なことが どうしてさっきは出来なかったのか
 原因がわからなかったけど知りたくないなと何故だか思いつつ また冷汗をかく俺の心中などまるで察した様子もなくフェリックスの旦那が口を開く
 「別に隠さなくてもいいんだぞ?俺は特に偏見とか持ってないしな」
 だからそうではないのだ どうしてそうなるのだ
 話の通じなさにいい加減苛々してきたその時
 フェリックスの旦那の顔が急激に近付いてきて 気付けば唇に温かくて柔らかいものが押し当てられていた
 いきなりの口づけに俺が硬直していると フェリックスの旦那が満足そうな顔で俺に笑いかけてくる
 「どうだ?これで」
 「………………何が ですかね?」
 俺が引き攣る唇を必死に動かしてそう尋ねれば 旦那は嬉しそうに でも少し淋しそうに「せめてもの感謝の気持ちだ」と云った
 そんな旦那の表情と言葉に 沸々と沸き上がりつつあった怒りが萎んでいくのを感じる
 「感謝……ですか?」
 「あぁ 今はもういない車掌だった俺を好きでいてくれたお前に せめてもの感謝の印だ」
 そう云ってまた笑う旦那の中にあの車掌の面影を見付けて 嗚呼あの車掌は本当にもう何処にもいないんだなと淋しくなった

 その淋しさの理由には気付かないように 俺はそれ以上あの車掌について考えることを 止めた

 まさかのフェリックス×ヨウン
 ヨウンの思考が暴走した所為でうっかりヨウン→若い車掌になってしまいましたが 最初はそんな予定微塵もありませんでした
 でも若い車掌だった頃のクレアはなんかすごく純粋(笑)に見えるので ヨウンはそんな純粋さを眩しいなーと思ってても良いかなと思います
 …引かないで下さい(泣)